2019年6月8日実技part1
2019年6月8日実技part1
part1 問題文
●設 例●
Aさん(71歳)は、情報サービス業を営む株式会社X社(非上場会社)の代表取締役社長である。Aさんが1972年に設立したX社は、顧客のビジネスサポートに徹した直接取引にこだわり、ITコンサルティングとソフトウェア開発を強みとして、優良企業に成長した。
【X社の事業承継に関して】
Aさんは、10年前、大手システム会社に勤務していた長男Cさん(40歳)をX社に入社させた。長男Cさんは、5年前から専務取締役として営業部門の責任者を務めており、後継者としてのキャリアを着実に積んでいる。
Aさんは、メインバンクの本部担当者から「事業承継税制の特例」に関する情報提供を受けたことを機に、先月、認定経営革新等支援機関である顧問税理士の指導のもと、特例承継計画を提出したところである。
X社の株主には、3年前に退任した元取締役のEさん(71歳)がいる。Eさんから「所有するX社株式を買い取ってほしい」との申出があった。
【Aさんおよび妻Bさんの資産承継に関して】
妻Bさん(68歳)は、父親の不動産賃貸業を引き継ぎ、相応の財産を所有している。妻Bさんは、不動産賃貸業を長女Dさん(38歳)に承継させたいと考えている。専業主婦の長女Dさんは、実家近くの持家に公務員の夫と2人の子と暮らしており、X社の経営に関与する予定はない。なお、法定相続分どおりに相続した場合の相続税の総額は、Aさんが先に亡くなった場合で約3億6,000万円、妻Bさんが先に亡くなった場合で約1億3,000万円(役員退職金支給前、配偶者の税額軽減および小規模宅地等の評価減適用前)と見積もられている。
【X社の概要】
資本金 :5,000万円
会社規模:大会社
従業員数:150人
売上高 :25億円
経常利益:1億円
純資産 :13億円
株式の相続税評価額:類似業種比準価額1万2,000円/株、純資産価額1万3,000円/株
株主構成(発行済株式総数10万株):Aさん60%、妻Bさん10%、Eさん10%、取引先の大手電機メーカー10%、従業員持株会10%
※Aさん・Eさんは、それぞれが特殊の関係にある者(同族関係者)ではない。
※X社株式は譲渡制限株式である。
【Aさんの所有財産の概要】(相続税評価額、土地は小規模宅地等の評価減適用前)
現預金等 : 1億8,000万円(役員退職金は考慮していない)
自宅 : 1億円(土地(250u)8,000万円、建物2,000万円)
X社株式 : 7億2,000万円(X社株式の60%部分)
合計 10億円
【妻Bさんの所有財産の概要】(相続税評価額、土地は小規模宅地等の評価減適用前)
現預金等 : 8,000万円
賃貸マンション : 2億円(土地(400u)1億2,000万円、建物8,000万円)
賃貸アパート : 1億円(土地(500u)7,500万円、建物2,500万円)
X社株式 : 1億2,000万円(X社株式の10%部分)
合計 5億円
【親族関係図】
part1 ポイント解説
1. 納税資金の不足・相続税の軽減対策
(1) 生命保険・金庫株の活用
(2) 役員退職金支払い(法人税の低減、退職所得控除による所得税低減効果も有り)
(3) 自社株式評価の引き下げ(配当・利益・純資産の引下げ)
(4) 小規模宅地の特例の活用
(5) 非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予制度の活用
2. 遺産分割対策・事業承継対策
(1) 遺言の作成
(2) 遺留分に関する民法の特例の活用
(3) 相続時精算課税制度の活用
(4) 孫への教育資金贈与の非課税特例の検討
(5) 金庫株を用いた長男Cから長女Dへの代償分割
3. 事業承継税制の特例の活用
X社株式については、非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予制度の活用により、税負担なく移転することが可能。
平成30年度税制改正により、適用対象の株式数の上限が撤廃され全株式が適用対象となっており、また、納税猶予割合も100%に拡大したため、承継時の税負担はゼロになっている。
また、親族外を含む複数の株主から、代表者である後継者(最大3人)への承継も適用対象になったため、本問のように、先代経営者とその配偶者、さらに退任した元取締役から、後継者である長男(代表権を有し、議決権割合の10%以上かつ上位3位までの同族関係者)に贈与する場合も適用可能となっている。
非上場株式等についての贈与税の納税猶予・免除を受けるには、会社・後継者(経営承継受贈者)それぞれの適用要件を満たした上で2023年3月31日までに特例承継計画を都道府県知事に提出して確認を受け、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けることが必要(株式の贈与は2027年12月31日までに実施)。
本問の場合、認定経営革新等支援機関である顧問税理士の指導のもと、特例承継計画を提出しており、今後の手続き等についても顧問税理士と相談することで対応可能と思われる。
4.事業承継を考慮した株主構成
Eさん所有分の株式は、業績が順調なX社が金庫株として数年間にわたって買い取ることが望ましい(相続開始から3年以内にX社に譲渡した場合は、みなし配当課税は適用されず、譲渡価額と取得価額の差額が譲渡所得(所得税15%・住民税5%)となり、相続税の取得費加算も適用できるため、X社が相続開始までに取得資金を準備し、相続発生後に金庫株として買い取ることも提案可能)。
5. 法人設立による資産承継対策
妻Bさんの所有する不動産の評価額は多額であり、賃貸収入もそれなりの多額であると思われるため、所得税・相続税の負担が大きいと考えられる。よって、法人の設立による税負担を軽減した資産承継対策を提案する。
(1)長女を代表取締役とした法人の設立
法人設立による所得移転・資産分散効果を最大限に活かすため、出資者・役員は推定被相続人となる親ではなく子を中心とすることが望ましい。
建物の所有権の移転手続きや不動産取得税等の移転コストがかかるが、全ての家賃収入が法人に入るため、所得移転効果が高い。また、法人税の比例税率と所得分散による所得税・相続税低減効果有り。
(2)法人への不動産の譲渡
設立した法人に対し、賃貸建物のみを簿価で譲渡することで、譲渡損益を発生させずに不動産を個人から法人に移転させることが可能。
買い取り資金がない法人であっても、利息無しの長期分割払いとすることで対応可能となる。
(3)土地の無償返還に関する届出書の提出
法人側での借地権の認定課税を避けるため、土地の無償返還に関する届出書を提出するか、相当の地代を支払うこととする。
●FPと職業倫理
FPの職業倫理は、顧客利益の優先、守秘義務、説明義務(アカウンタビリティ)、顧客の説明・同意(インフォームド・コンセント)の4つ。
本問では、FPと顧客の利益相反や顧客の秘密漏洩を懸念する局面ではなく、金融商品取引法等における重要事項の説明義務に関わる段階でもなさそうですので、一番重要なのは、様々な相続税の軽減対策・事業承継対策の方法やそれを適用した結果をきちんと説明し、顧客の理解度を確認する「インフォームド・コンセント」ということになるかと思います。
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