2021年9月26日実技part1
2021年9月26日実技part1
part1 問題文
●設 例●
Aさん(72歳)は、老舗の呉服屋を営むX株式会社の代表取締役社長である。創業100年を超えたブランド力を背景に根強い固定客がいるものの、ライフスタイルの変化に伴う需要減退の影響は大きく、近年、経営は厳しい状況が続いている。一方、X社の専務取締役を務めている長男Bさん(42歳)が、従来の高級志向の商品に加え、若年層にも気軽に着物を楽しんでもらえるよう低価格商品の開発に数年前から取り組んでおり、その成果が徐々に出始めている。
【X社の概要】
・X社は、帳簿価額1,000万円の本社兼Aさんの自宅の土地(400u、時価2億円)と帳簿価額200万円の本社兼Aさんの自宅の建物(時価200万円)を所有しており、総資産に占める土地の価額の割合(相続税評価額ベース)は90%以上である。
・X社の財務内容等
資本金 :1,000万円
会社規模:中会社の小
従業員数:5人 配当:実施なし
株主構成(発行済株式総数2万株):Aさん100%
株式の相続税評価額:類似業種比準価額1,000円/株、純資産価額4,000円/株
※X社株式は譲渡制限株式である。
・当期に繰り越された税務上の繰越欠損金が9,000万円ある。また、Aさん個人から1億円を借り入れている。
・仮にAさんが退任した場合、Aさんに対する退職金の税務上の適正額は1億円と試算されるが、X社が保有する現金にはあまり余裕がない。
長男Bさんは、取引先や常連客からの評判もよく、後継者としての資質に問題はない。事業を引き継ぐ意欲も見せている。Aさんは、現在のX社の財務内容は決してよいとは思っていないが、土地には2億円弱の含み益もあり銀行借入金もないため、何とか財務内容を改善して長男BさんのためにX社を残してやりたいと考えている。
【Aさん自身の資産承継】
Aさんの妻は3年前に他界しており、Aさんの推定相続人は長男Bさんと長女Cさん(40歳)の2人である。長男Bさんは、Aさんの自宅で同居している。
他県に暮らす長女Cさんは、3人の子を持ち、教育費の負担が大きいとこぼしている。また、以前、「X社は兄さんが継ぐのがいいと思う。私はX社の経営にまったく興味がない。ただ、将来の相続財産の分割は兄さんと均等でなければ納得できない」と冗談交じりに言っていた。Aさんは、2人の子は昔からとても仲が良く、遺産分割でもめる姿は想像できないが、何らかの準備はしておきたいと考えている。
【Aさんの所有財産の概要】(相続税評価額)
現預金 :6,000万円(役員退職金は考慮していない)
X社株式:8,000万円
X社への貸付金:1億円
合計 :2億4,000万円
※Aさんの相続に係る相続税額は、約4,500万円と見積もられている。
part1 ポイント解説
1. 相続税の軽減対策
(1) 生命保険の活用
(2) 役員退職金支払い(法人税の低減、退職所得控除による所得税低減効果も有り)
(3) 自社株式評価の引き下げ(配当・利益・純資産の引下げ)
(4) 小規模宅地の特例の活用
(5) 非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予・免除制度の活用
(6) X社への貸付金の債権放棄・株式転換
2. 遺産分割対策・資産承継対策
(1) 遺言の作成
(2) 遺留分に関する民法の特例の活用
(3) 相続時精算課税制度の活用
(4) 孫への教育資金贈与の非課税措置の検討
3. X社株式の長男への移転方法
X社株式については、単純に税負担の軽減のみを考慮すれば、非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予・免除制度の活用により、全株式を税負担なく移転可能(納税猶予割合100%)。
ただし、非上場株式等についての贈与税の納税猶予・免除を受けるには、会社・後継者(経営承継受贈者)それぞれの適用要件を満たした上で2023年3月31日までに特例承継計画を都道府県知事に提出して確認を受け、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けることが必要(株式の贈与は2027年12月31日までに実施)。
また、先代経営者の親族外であっても適用可能であるが、後継者は贈与時には役員就任期間が3年以上、相続発生時に役員であることが必要。
本問の場合、長男には資質に問題はなく、事業を引き継ぐ意欲も見せていることから、早めに特例適用の準備を進めていくことを提案する。
4. X社本社土地の含み益を活用した財務内容の改善
X社への貸付金は、同族会社への貸付金であっても相続税の課税対象となるため、債権放棄するか、債権を株式に転換(増資)することで、相続税の課税対象から外すことが出来る。なお、債権放棄の場合、貸付金は消滅し、X社には債務免除益に応じた法人税が課され、債権を株式に転換すると、株式が相続税の課税対象となるため、総合的な判断が必要となる。
そこで、Aさんが所有するX社への貸付金と支給されるはずの適正な役員退職金を対価とした、X社本社土地の買取りを実施することで、X社は本社土地の含み益を実現益に確定できるため、多額の債務である貸付金を解消して財務内容を改善することが可能。
また、繰越欠損金が9,000万円と多額であるため、事業承継後も当面の間法人税負担は発生せず、承継後の経営にも資すると思われる。
5.相続人間の平等な相続方法
(1) 長男の相続分(X社株式と本社・自宅土地)
X社株式を後継者である長男に集中させることが、円滑な事業承継上重要である。
また、X社本社・自宅土地についても、今後のX社の経営に活かしていくことが効率的と思われるため、長男が相続する方が望ましい。
(2) 長女の相続分(現預金)
X社株式と本社・自宅土地を長男が相続すると、相続財産の大部分を長男が取得することになるため、長女の遺留分を侵害する可能性がある。
そのため、相続時精算課税や孫への教育資金贈与の特例等の生前贈与の活用や、X社からの本社土地の賃料を原資とした長男から長女への代償分割も検討することが必要と思われる。
●FPと職業倫理
FPの職業倫理は、顧客利益の優先、守秘義務、説明義務(アカウンタビリティ)、法令の遵守(コンプライアンスの徹底)、顧客の説明・同意(インフォームド・コンセント)、能力の啓発の6つ。
本問では、FPと顧客の利益相反や顧客の秘密漏洩を懸念する局面ではなく、金融商品取引法等における重要事項の説明義務に関わる段階でもなさそうですので、一番重要なのは、様々な相続税の軽減対策・事業承継対策の方法やそれを適用した結果をきちんと説明し顧客の理解度を確認する「インフォームド・コンセント」ということになるかと思います。
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